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Intimacy with yourself   アジャシャンティ的な何か。

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~Radio Adyashanti と オンラインコースの感想を中心に~

カテゴリ:日々のつれづれ( 11 )

Sounds True から ときどきメールが来ます。
いつもはあまり見ないでスルーしてしまうのですが、この前きたメールはなんとなく気になって読んでみました。
Mary O'malley という女性の”What is on the way is the Way"という本。
44ページの無料試読版がついてるところはさすが太っ腹のタミ(Sound Trueの女性社長タミ・サイモン)さん。

何の気なしに読んでみたら、これがすごい私にはヒットしました。
さっそくアマゾンで買ってしまいましたよ。まだ来てませんが。
アジャさんが今回のコースで強調してたcuriosityというキーワードも、一致してましたし。
アジャさんのいってることを、また違うアプローチで教えてくれる感じがします。
やはり女性的な視点はいいですね~~

これ訳したいな~
そんなこと言ってばっかりで、なかなかできないけれど。
うーん。
でもすごくいいです!!
時間できたら、ちょっと紹介します。

アジャさんの瞑想のコース、聞き直すたびに新しい発見があり、聞くたびに深まっていきます。
瞑想も毎日やってるのですが、どんんどん深まっていく。そして感じ方や反応が日常でどんどん変わっていく。
変化が自分でわかるのが嬉しいです。

アジャさんがぞっこんの詩人、David Whyte のエッセー集も届きました。
わくわくして読んでます。
めちゃくちゃいいです。

最近、仕事の本も、すごくよいのが見つかって、アイデアが浮かんでくるようになりました。
うまくいってない案件についても、ぜんぜんあせらなくなった。

体調はボトムなのですが(泣)それでも、影響されないくらいです。
引き続き、聞き直そうと思います。



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by suna-tuki-mori | 2016-04-05 22:18 | 日々のつれづれ
アジャさんを好きな人は、日本にもたくさんいるのだろうけど、あんまり表現をしていないような気がする。
表現することに興味がない人が多いのかもしれない。
わかるような気もする。
アジャさんの伝えていることを理解し始めると、表現する必要もなくなってしまうのかもしれない。
あまりにも満ち足りているから。

最近、あることで、凹み倒していたこともあり、とても孤独を感じていた。
アジャさんの話をしたいというわけじゃないけど、どこかに、自分と同じような感覚を持つ人がいるのを感じたいのかもしれない。

アジャさんの言葉を聞いていると、ただあまりに真実なので、共鳴して泣きそうになる。

内容じゃない。
感動的なことを言ってるわけじゃない。
ただ真実についてとてもプラクティカルに、as-a-matter-of-factlyに話しているだけだ。

でも彼の言葉を聞いていると、ジンジンと共鳴する。
美しさに泣きそうになる。

何かを求めるとか
こうなりたいとか
そういうものが消えてしまう。
何もいらなくなってしまう。

この世界の本質のうつくしさ。
それを見てしまったら、もう何もいらないと。

この世界のうつくしさを、ただそのまま見ていたい。
真実をそのままに。

それが、願いなのかもしれない。
祈りなのかもしれない。

だけど、彼のコースを聞いていると、そんな瞬間が自然に訪れる。
ただ静かであることが、幸せだ。
世界をそのままにみられることが、幸せだ。

ほかには、何もいらない。


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by suna-tuki-mori | 2016-03-05 00:22 | 日々のつれづれ
こんなに更新が滞っているのに、のぞきに来てくださる方、本当にありがとうございます。
お気づきかと思いますがブログタイトル変えました。
記事を読んでくださってる方なら理由は言わずもがなと思いますが(笑)

10月のETTVのQand Aがとてもよかったので近々更新したいと思います。
「他人のなかにワンネスを認識する」というテーマです。
今月のQ&Aは興味深いものが多いです。
10月末から11月3日にかけてウェイン・ダイア―やラム・ダスとのハワイでの対談、リトリートが行われているようですね。でもこれは別料金なので申込みしませんでした・・・・・・
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by suna-tuki-mori | 2011-11-01 23:15 | 日々のつれづれ
元日の爆笑ヒットパレードを見て思ったこと。
恒例の中村光宏アナウンサーのヘリ中継、ナインティナインとのかけあいが毎年楽しみで見ていた。
気がついたのは、岡村さんの突っ込みが変わったこと。
ずっと彼の芸風がニガテだった。マイペース過ぎて、「愛がない」ような気がしていた。
でも元日の彼には愛があった。
みっちゃんにだけではなく、あらゆる人に対して愛があった。
とてもやさしい顔をしていた。
一緒に見ていた娘も気がついていたから、そうなんだと思う。
そういえば、大晦日の紅白歌合戦の桑田さんも、すごくすっきりした顔をしていた。

病を得て人は変わるのかなあ。と思った。
彼のやさしいエネルギーが全国中継されて、日本中に伝わるといいな。

なんだかうれしい元日だった。
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by suna-tuki-mori | 2011-01-03 09:40 | 日々のつれづれ
3年ぶりくらいに整形外科に行きました。
コンビニで買い物をして、おつりをお財布に入れながら外へ出たとたん、段差に気づかず「コケっ」とみごとに足を捻ってしまいました。恥
5日たっても痛みが引かないので、一応骨に異常がないか確かめに近所の整形外科のクリニックへ。
近所に整形がそこしかないので、込んでます。
それに加えて近隣の介護施設と提携してるのか、ヘルパーさんらしき人に連れられたお年よりが続々と。
私の番が来ました。痛いほうの足を台に乗せて待つのですが案の定、先生はちらと目をやっただけ。思い出した、この先生、まず触診しないんだよな~。まあレントゲン撮ってみましょう、と。待合でまつことしばし。レントゲン室に呼ばれ、撮影。また待つことしばし。その結果「骨には異常がないので、1・2週間大事にして様子を見てまだ痛いようなら来てください」
そうよね。うん、ま、そういわれるだろうと思ってたワ。「ありがとうございました」という私。なんだ? なんだろうこの感覚。このいやな感じ。あーそうだ。芝居のせりふを言ってる役者の感じだわ。次に相手が何をいうか、自分が何を言うべきか、もうわかってる。

そして、このテキトーな会話を一日中繰り返すだけで(たぶん)膨大な保険点数を稼いでるこのお医者さんにイラっときてるにもかかわらず、条件反射でありがたそうにお辞儀してしまう自分。完璧に「患者」してる自分。そう、ここでの会話には魂がないんです。

まあお医者さんでの会話に魂がどーのなんぞというのはおかど違いといってしまえばそれまでなんですけどね~

あるヒーラーさんの言葉が心に残ってます。
愛だけが本当のコミュニケーション。
そう考えると、一日に何度、本当の「会話」をしてるかな。
相手がスーパーのレジの人でも家族でも、お客さんでもなく母親でもないBeingとしてそこにいるだろうか。私はちゃんと、そこにいるだろうか。
習慣的なやりとりでもなく、相手からどう思われるかでもないところから、コミュニケートしてるだろうか。
そんなことを考えさせられたある日の午後でした。
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by suna-tuki-mori | 2010-10-04 00:47 | 日々のつれづれ
今はまっているもの。
「聖☆おにいさん」というマンガ。今大人気らしいのですが、これ、なにしろブッダとイエス・キリストが現代日本の立川でルームシェアをしているという設定。
しかもブッダはちょっとおねえっぽく、キリストはブログ更新に情熱を燃やしている。

聖☆おにいさん(1) (モーニングKC)

中村 光 / 講談社

信者にとっては噴飯モノかもしれませんが、でも二人のキャラクター設定がとても魅力的で、愛さずにはいられない(当たり前か!?)
サブキャラで登場するペテロやアナンダといった弟子たちに加え、未読の3巻以降大天使らも登場するというのデ楽しみです。
キリスト教主義の学校に通う姪っ子たちはキリストネタのトリビアで大うけしているらしいですが、キリスト教には縁がなく、「ゴータマ・シッダールタって何?」とのたまううちの娘でも十分楽しめているようです。
元気のないときに、おすすめ。
最近久々にルドルフ・シュタイナーを読み出し、彼の超ディープなキリスト論にはまりつつあるのですが、「聖☆おにいさん」とシュタイナーのキリストを同時に体験できるというのは、やはり21世紀日本に生きる醍醐味といえるでしょうか・・・・・・
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by suna-tuki-mori | 2010-09-17 00:27 | 日々のつれづれ
いろいろあってすっかり滞っておりましたブログですが、ひっそり更新開始しようかなと思っております。
で、本の紹介です。
「沈黙の世界」マックス・ピカート著、池田利勝訳 みすず書房
絶版になっているらしく一般の書店では手に入りませんが、図書館で借りてでも一読の価値はあります。

沈黙のあらゆる側面を考察、また沈黙を通して言葉、音楽、自然、人間の相にせまる稀代の名著・・・・・・
ここでいわれている沈黙は、エックハルト・トールのいうStillnessと同じものだと思うのは私だけでしょうか?

P21
「音楽のひびきは言葉のひびきのように沈黙に対置されているのではなく、沈黙と平行している。
 あたかも、楽の音は沈黙の上を流れてゆくようであり、また、沈黙に推しうごかされながらその表面を滑ってゆくかのようである。
 音楽は、夢みながら響きはじめる沈黙なのだ。
 音楽の最後の響きが消え去ったときほど、沈黙がありありと聞こえてくることはない」
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by suna-tuki-mori | 2010-08-29 09:39 | 日々のつれづれ
クリスマスも近づいてまいりましたので、恒例行事をしたいのですが、なかなか時間がとれず。
恒例行事、それはDVD「告発」を見て号泣すること。
これは1930年代にあった実話をもとに作られた映画なんですけど、かの有名なアルカトラズ刑務所を舞台にしています。
主人公ヘンリー・ヤングは、13歳の時に親に捨てられ、7歳年下の妹を連れて自活していましたが、17歳のときドラッグストアで5ドルを盗んでつかまってしまいます。送られた刑務所で仲間の囚人の暴力に耐えかね脱走を試み、悪名高きアルカトラズ刑務所に送られます。そこで仲間にそそのかされ脱獄をしようとしてつかまり、なんと3年間も岩を掘った独房に閉じ込められ、外の光を見ることもなく、話し相手もなく、寒さと孤独に耐えながら過ごします。でも3年たってようやく外に出たとき、彼の心はすでに壊れかけていて、もうろうとした頭の中の声にしたがって、食堂のスプーンをもう一人の脱獄犯に突き刺して殺してしまいます。
この殺人はいったい彼の責任なのか?
それとも彼を虐待し人格を破壊した合衆国政府の責任なのか?

あのケビン・ベーコン様が自分の歯を抜いて、大減量して挑んだ主人公役はもちろん、クリスチャン・スレーターの新米弁護士もいい。
でもなんと言ってもこの映画の肝は副刑務所長ミスター・グレン役のゲイリー・オールドマンでしょう。
まさに「怪演」と呼ぶにふさわしい彼の鬼気迫る演技をぜひ見てほしい。
見ものは、クリスマスの場面なんです。
有名なクリスマスキャロルをBGMに、グレンはヘンリーを虐待します。
そのシーンの直後、職場を出たグレンは奥さんと二人の娘たちを抱きしめます。何の良心の呵責もなく。敬虔なクリスチャンで、おそらくこれから教会に行くところなのでしょう。
心から家族を愛し、神を信じる男は、同時にこれだけ残虐にもなれる・・・・・・
そしてそのことに、何の矛盾も感じていない。
どうやったらミスター・グレンのような人を書けるのかな。
精進精進。

告発については、いっぱいあるので、まだ続きます。
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by suna-tuki-mori | 2009-12-09 13:48 | 日々のつれづれ
久しぶりに、コミュニケーションカウンセラーのMariさんにセッションしていただいてきました!
時間を延長していっぱい聞いてもらいました。

実はここしばらく、家事や仕事が忙しくてトーレさんのテープを聴いたり、瞑想をする時間がとれなくて落ち込んでいたのですが、Mariさんいわく、「それは本当にやりたいことですか?」
えっ? もちろん、やりたいことなんですけど・・・・・・。
でも、本当にやりたいことなら、確かにやっているはず。
できなかったってことは、きっと、今はやらなくてもいいってことなのかも。
そして気づいたんです。
たぶん私、スピリチュアルとかもうどうでもよくなってた。
もうだいぶ楽になったから、自分、このままでいいや。
あとはやりたいことをやっていこう。

だって私別に悟りたくなんかないんだモン。
悟りたくて始めたわけじゃない。
自然の流れで興味をもって、いつのまにかここまで来ていた。
最初から、ただ自分が楽になりたかっただけだモン。

自分が楽になったから、ほかの人がもっと楽になれるようになにかしなくちゃいけない。
なんて、とんでもない勘違いでした。

ほかの人のことは、その人の魂の選択。
私が何かをしようとしまいと、言おうと言うまいと、その人は自分で選択していくんだ。

それからもうひとつ。印象深かったのが、エゴを取り除くことや、自分のいろんなパターンの原因探しもいいけれど、「そろそろ動き始めてもいいんじゃないですか」というMariさんの言葉。
実現したい内容を漠然としたイメージにとどめることなく、具体的な内容に落とし込んでいくことが大切、ということでした。
たとえば「自分にやさしくする」というような抽象的な目標ではなく、「アロママッサージを受けに行く」とか「おいしいものを食べる」というように具体化して、実行していくこと。
そしたら、なんだかわくわくしてきました。
どんなふうに夢を具体化していこうか、考えるだけで。
秋にはコーチングもしてもらう予定です。

ニューアースのセミナーを聴くのも、カバットジンさんの本や瞑想も、大好きで、続けていくけど、でももう「やらなくちゃ」「聞かなくちゃ」「瞑想しなくちゃ」「またエゴのわなにはまっちゃう」という恐れからではなく、ほんとうにやりたいときにやっていこう!と思います。
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by suna-tuki-mori | 2009-06-28 21:41 | 日々のつれづれ
最近まで、ずっと、何かしていない時間は無駄なんだと思っていました。
無意識のうちに、今日の自分に点数つけてました。
別にたいしたことではなくても、今日は手の込んだ料理を作ったから何点、とかね。
でも、そうしているうちに、自分で無駄だな、と思う時間ができちゃうんです。
バスがなかなか来なかったりすると、ああ、この時間無駄だな~とか。
パソコンさわっているうちに、時間が過ぎてしまって、あ~あ、もっと有意義にすごせば良かったな。とか。
自分を責めてました。

それはどこかで、人生を意味あるものにしたいっって思う気持ちとつながっているのかも知れません。
ずっと、「何か」にならなきゃいけないんだという気がしてました。
職業ということだけでなく、いい人、とかやさしい人、とか、世の中の役に立つ人、とか。

でも最近わかったんです。
何にもならなくてもいいんだって。
やさしくなんかなろうとしなくてもいいんだって。
そしたらだいぶ肩の力が抜けました。

今していることが、私のやりたいこと。
今いる場所が、いたい場所。
今まで自分に、休むことすら許していなかったな。(休んでたけど、同時に責めてた)

で、きょうもニュー・アース、ウェブセミナーから一言。
第三回からです。

If you can fully accept that you don't know who you are, you are
closer to who you are than you have ever before.

もし自分が何者であるかわからない、ということを完全に受け入れることができたなら、そのときあなたは今まででいちばん、真実の自分に近い場所にいる。

ぼちぼち行きましょう。
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by suna-tuki-mori | 2009-05-18 16:28 | 日々のつれづれ