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Intimacy with yourself   アジャシャンティとエックハルト・トール

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~Radio Adyashanti とETTVの和訳を中心に~

カテゴリ:子育て( 5 )

誤解を防ぐために書いておきますが、きのうの記事はシュタイナー教育賞賛の記事では、ありません!!

どんな教育法にも一長一短があり、どれがいいと一概にいえるものではない……

本当にそう思っています。

シュタイナー教育という「教育法」があるのか??

といわれれば、ひとりひとりの教師によってやっていることは異なるし、まとめられるものでもない……というのが現実だと思います。

それはシュタイナーに限らず「○○教育」と名のつくものすべてにいえることでしょう。

私が言いたかったこと、それはどんな教育法であろうとも、親の育て方であろうとも、それが子供に及ぼす影響というものは十年、二十年、三十年、つまり一生かかってみなければわからないということだと思います。。

ようするに、親は見届けることはできないんですね。

とすれば、そのとき自分がよいと思ったことを、精一杯するしかない……

そういうことなんでしょう。

David Whyte がいっています。

「私がまだ見ていないもの、見逃したものを、私は贈り物として遺していく。」




それはそうと!!

またタミさんがやってくれます。

Sounds True がアジャさんの特別トークを毎週!!

配信してくれるのですよ。

もちろん申込みました。どんな話かな。楽しみです♪

6月7日スタートです。




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by suna-tuki-mori | 2016-05-29 14:12 | 子育て
はるか昔に シュタイナー教育とテレビ という記事を書きました。
続きを書きますといったきり、なんと7年たってしまいました。
当時中学生、テレビ中毒だったムスメは今は若者のご多分に漏れずスマホ中毒、動画中毒になっておりますが、手放せないというほどではなく。
朝でかけてから帰ってくるまで、一度も充電しなくても大丈夫、という程度の中毒です。

それはともかく、あの後、離婚したのは私がシュタイナー教育にはまったことにも原因がある、という記事を実は書いたのですが、結局アップせずに終わりました。
最近面白いことがありました。
ムスメがひさびさに彼女のお父さんと食事をした席で、シュタイナーの話が出たそうです。
お父さんは「昔はシュタイナー教育とかぜんぜん、わからなかったし、そういう幼稚園に行かせてることもいやだった。でも今になって、Y(ムスメの名)が大人になってみると、あの教育は正しかったんだとわかった」と言ったそうです。
いろいろと自分なりの理論をつけて、なぜそう思うに至ったのかをムスメに力説したらしいですが、また聞きでは、よくわかりませんでした。。
しかし、彼女のお父さんに私の選んだ道がまちがっていなかったと認めてもらえたことは、たとえ何年後であろうとも嬉しかったです。

こんなことがあるんですね。



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by suna-tuki-mori | 2016-05-27 18:40 | 子育て
前回の記事で言及した”Child of Mine"の動画を見つけたので紹介しておきます。
子育てに迷ったとき、何となくマントラのように聴いてきました。



本当は英文の歌詞を掲載したいのですがちょっとためらわれるので、ご参考までに、拙訳をのせておきます。
ただし詩としての情感などはばっさり無視したさっくりした意訳なのでどうかご了承ください。

あなたの見ている世界は
私とは違うけれど
あなたが出会っている素晴らしい世界の一端に
ときどき触れることができる

あながた描いた絵のなかの
なんて新鮮なたくさんの色たち
いとしい子よ
あなたが私の子でとてもうれしい

あなたに道案内は必要ない
あなたは行くべき方向を知っているから
引き戻すつもりはない
ただ見守っていたいだけ

私に教えてくれたのはあなただった
振り返る必要はないと
いとしい子よ
あなたが私の子でとてもうれしい

誰もあなたの夢をつぶしたりしない
生き方を強制したりもしない
あなたの行程をしばらくの間困難にする人々は
きっといつもいるけれど
彼らは考えを変えるでしょう
あなたが微笑むのを目にしたら

あなたが生れ落ちた時代は
必ずしもベストとはいえないかもしれないけど
あなたはこれから来る時代を
今までよりよいものにできる

あなたはいつも正直だと知っている
たとえいつも優しくはいられなくても
私のいとしい子よ
あなたが私の子でよかった
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by suna-tuki-mori | 2011-07-04 08:28 | 子育て
7月のETTVのトピックスが配信されました。
今月のトークは「奇跡のコース」に関する著書で有名なマリアン・ウィリアムソン女史との対談のようです。
Q&Aにも一緒に答えてくれるようで楽しみです。
まだ目次をのぞいただけですが、「スピリチュアルなことについて子供にどう話したらよいか」「死について子供にどう話すべきか」という質問がありました。
副タイトルに「子育て」とか銘打っている割に子供が大きくなってしまったため子育て関連のことを書いていないという反省もこめて、できればこの二つ(か、どちらか)の内容を報告したいと思います。

我が家の10代後半の娘は、小さいころからシュタイナーだ、ホメオパシーだ、と育てたわりには、完全に「スピリチュアル」をバカにしています。
私が借りてきたり買ったりする本を目にしたり、「ワークショップにいってくるんだ」といそいそ出かけたりすると、「出た、スピリチュアル~」と失笑してくれます。

ただ、不器用でも真実を生きている大人を、彼女は信用します。理不尽な怒りをぶつけられても、その弱さをありのままに受け止めています。
逆にどんなにきれいなことを言っていても、信用のならない大人は鋭い嗅覚でかぎわけて反発します。
まわりの友達にもそんな感じの子が多いようです。
もしかしたらこれは育て方とかに関係ない、世代的なものなのかも知れません。

”When you see the truth, you know it”

エックハルトが言ったことばですが、これはどうも英語のことわざであるようです。

「真実を見れば、それとわかる」

何か本を読んだとき、誰かと話しているとき、映画を見ているとき、「はっ」と心をつかまれることがあります。
体験したことのなかに確かに「真実」がある、と感じられたとき、心が揺さぶられます。
ときにはただ、涙が止まらなくなったりします。
「真実」を見分けることができるのは、あなたの中にその「真実」がすでにあるからなのです。

ずっと前に買ったCDで、大好きな曲にキャロル・キングの”Child of Mine"という歌があります。
歌詞が素晴らしくて、全部紹介したいくらいなのですが、その一節にこういうのがあります。

”The times you were born in                 あなたが生まれた時代は
 May not have been the best               ベストとはいえないかもしれないけど
 But you can make the times to come         あなたはこれからくる時代を
 Better than the rest                      よりよくすることができる

 I know you will be honest                  たとえいつも優しくはいられなくても
 If you can't always be kind                 あなたはいつも誠実だろうと知っている
 Oh, yes sweet darlin'                      いとしい子
 So glad you are a child of Mine”            あなたが私の子であることをとてもうれしく思う


これは”for our Children”というチャリティーアルバムに入っている歌なので、自分の子供に対してというよりは、子供たち全体に呼びかける歌なのだと思います。


スピリチュアルなんて何も知らなくても、興味がなくてもかまわない。
いつも優しくはいられなくても、自分のなかの「真実」に正直であってほしい。
そんな風に思っています。
ま、これも親のエゴなんですけどね(笑)
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by suna-tuki-mori | 2011-07-02 08:26 | 子育て
恥ずかしながら、うちの子どもはテレビ中毒。
テレビが大好きです。
そのきっかけは、皮肉なことに、幼児期にテレビを見せなかったこと。

通っていたのはシュタイナー幼稚園。
シュタイナー教育では、テレビ,ゲームなどのメディアは、本来の子どもの「意志」の発達に大切な段階である自発的創造的な遊びを奪い、また無機質な画像の世界は無機質な子どもを作り、社会や自然や他人と、有機的にかかわることのできない人間を育ててしまう、ということで、避けるべきものとして扱われます。
親は、子どもをそうした外側のメディア攻撃から守るおおい、盾になるべきだとされています。

それは本当に、今でも、そのとおりだと思います。
しかしそこに、親のエゴっていう余計なものがくっつくと、なんだかおかしくなってしまいます。
そう、私はたぶん子どもを、なにか特別な人間にしたかったんです。
スピリチュアルなんて言葉はまだ、その当時の私の語彙にはありませんでしたが、何かしらそういう、そんじょそこらの子どもとは違う人間にしたいというような、傲慢な気持ちがあったのだと思います。

最初の子どもを育てるのは、誰にとっても初めての経験です。
そしてたいていは、何もかも、思うようにいかないことばかり。
今までは何があっても自分だけで何とかやってきた人でも、いきなりその自信を投げ捨てて、なんらかの権威、既存のシステムにしがみついてしまったりします。
××方式、○○教育、**育児法、本を読み、自分のセンスに合うマニュアルを探します。今までずっとやってきたことの延長です。
そのやりかたでやって、ひとつでも問題(と思われるもの)が解決したら、ああ、これだったのね。私の求めていたものは。

私の場合は、それがシュタイナー教育。
でも実は、ルドルフ・シュタイナー博士は、シュタイナー教育なんて、作ってないんですね。
幼稚園なんて、はじめてないんです。
子どもを幼稚園にいれてから、シュタイナー博士の神秘主義、オカルティズム的な側面を知り、「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」などを読んでぶっとぶまでは、私のイメージのシュタイナー幼稚園は、ピンクのカーテンとか、木のおもちゃとか、自然のなかで遊ぶとか、オーガニックな食べ物を食べさせるとか、そういったごくごく表層的なものでしかありませんでした。

その表層のなかにあったのが、テレビ(ビデオ)を見せないでください、という方針。
今でこそ、テレビを見せないということと、シュタイナーの十二感覚論などとの深い結びつきがわかりますが、そのころの私にとって、それは自分と子どもをしばりつける拘束帯のようなものでしかありませんでした。
そう、テレビを見せないということ自体が問題なんじゃなくて、まさにそれに対する私の思考が問題だったんです。

テレビを見せたらこの子はダメになってしまう。
想像力を奪われてしまう。
幼稚園のほかの子の迷惑になる。
ほかの親に責められる。
先生に冷たい目で見られる。
育児をテレビに頼り、親の責任を放棄している。
等々。
思考の数はだんだんふえ、それだけでなくどんどん膨れ上がっていきます。

(長くなるのでつづきます。)

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by suna-tuki-mori | 2009-07-10 09:36 | 子育て