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Intimacy with yourself   アジャシャンティ的な何か。

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~Radio Adyashanti と オンラインコースの感想を中心に~

カテゴリ:ETTV( 14 )

質問者:あなたの日常はどんなですか?

エックハルト:

何も面白くないですよ(笑)とても普通ですよ。
ただリトリートなどであちこち旅行しますけど、それ以外はものすごくふつうです。

僕はただ在ることが好きです。後は自然のなかを歩くこと。
やらなければならないことは一杯ありますけどね。
僕は締切を守れないので有名なんです(笑)
「これこれをいついつまでにしてください」と言われると、「う~ん、そうですね、できるかどうか、様子をみるとしましょう」と答えることにしています(笑)

夜更かしが好きなんです。だいたい夜中の1時半から2時くらいまで起きてますね。睡眠は5時間ぐらいでしょうか。
先ほども言いましたが散歩をしたり、ときどき読書もします。
それからカフェに行ってコーヒーを飲むのが好きです。
電話は鳴るし、いろいろ用事がありますが静かにすませます。できないときは、姿を消すこともあります(笑)

質問者:人のおおぜいいるところに出かけたりしますか?

エックハルト:

外に出る時には野球帽をかぶっていきますよ。
外出すると、ほぼ確実に人が話しかけてきますからね。
そして、あなたのおかげで人生が変わりました、ありがとう、などと言ってくれるんです。
それがいやなわけではないんですよ。素敵なことです。
だけど僕の本来の性質は、透明でいたいし、あまり人に見られたくないんですよ。
こんなふうにステージに上がって人前で話すなんてことは、僕にとってはチャレンジなんです。

だけどそれが起こったときには僕は受け入れます。
それが、宇宙が僕を通して働くやり方ですから。
この世界では極性というものがあって、片方で何かを得れば、もう片方で何かを失います。
それがバランスですね。

1980年代から90年代の初め、少数でワークショップをやっていたころには、ふたを開けたら誰もこないなんてこともありましたよ。あとは15人のワークショップに1人とかね。
そのときには、僕はひとりでずっとすわってました。でも素晴らしいプライバシーがありました(笑)
だけど、それじゃあ教えは誰にも届かないですからね。

プライバシーは大切にしたいですが、僕はアシュラムを作ってこもったりはしません。
ふつうの生活が好きなんです。スーパーに行ったりするのが。

僕の日常は残念ながら、あんまりおもしろくもきらびやかでもないんですよ。
ああ、ただたまに、オプラ(オプラ・ウィンフリー、アメリカの有名な女性パーソナリティ。エックハルトとニュー・アースのウェブセミナーを主催した)の豪邸に行くときはきらびやかですね。
車で門の前につくと、ゲートがさっと開いてね。うわぁ、という感じです(笑。ハンドルを握りながらきょろきょろする動作をしてみせる)。



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by suna-tuki-mori | 2014-03-19 09:31 | ETTV
エックハルトTVのトピックより

もし私達が超越し、無条件に愛し合うとしたら、いったいどうやって自分のパートナーを選べるというのでしょう?

もし、肉体的な魅力にひかれるのだとしたら、それは高次の意識と矛盾するのではないでしょうか?

という質問です。

エックハルトの答えです。

そうですね。

私たちがここで語っている愛は、体や、性格、パーソナリティなどを超えた深い部分にある本質で認識する愛です。

私達は、その深い次元、側面に在るとき、他者のなかにも同じもの「本質」を見ることができます。

愛というのは、基本的には、他者のなかに自分自身を認識することです。

しかし私達はみな、この世界ではその本質に加えて形のアイデンティティーを持っています。

つまりここには、二つのレベルがあるのです。

形でないあなたは無条件に愛しますが、あなたの形の部分は、他者の形の部分に魅かれます。

あなたの肉体は、他者の肉体的な魅力にひかれるでしょう。

心的感情的レベルでは、他者のそのレベルに反応するでしょう。

なぜならそこには共鳴が起こるからです。

こうして2つの異なるレベルが作用します。

男女の関係においては、この二つのバランスが大事です。

本質のレベルを知っていることはとても助けになります。

肉体的、心的感情的レベルだけでは、少しのあいだうまくいっても、遠からずお互いのなかに「制限」を見るようになります。

決して満足するということがないのです。

しかし本質のレベルを知っていれば、決して破壊的になることはないでしょう。
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by suna-tuki-mori | 2012-12-05 22:14 | ETTV
タミ(インタビュアー):どうしてこのような「突然の目覚め」が自分に起こったのだろう、と考えたことはありますか?
エックハルト:
一度も考えたことはありません。
私はこの体験を、「私」に「起こったこと」だとは思いません。
言葉で表現する上でそういう言い方をすることもありますが。
実際に起こったことはむしろ「私」の「消滅」です
「私」という個人の感覚が非常に弱まり、透明になったのです
そしてかつてそれがあった場所から何かが輝きだしたのです
かたちとしての私はもちろんまだありましたが、そのかたちに同一化は起こらないのです
ですからそれは「私」に起こったのではなく「私」が半透明になったことで「存在」が輝きだしたということなのです。
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by suna-tuki-mori | 2012-08-22 21:56 | ETTV
「誰かを深く真実にセクシュアリティも含めて愛しているとき、その人以外のもう一人を同じように愛するということは起こるか? それともそれはエゴなのか?」という質問です。

エックハルトの答えです。

もちろん一人以上の人を愛するというのはもちろん起こりえます。
あなたが、関係性においてどれだけ在るであるか。というのが大事です。
相手が一人であるかそれ以上であるかは二義的な問題です。

誰かと共に生きるのに、決まったやり方というものはありません。
人間どうしがいっしょにいるのに、さまざまな方法、たくさんの方法が存在します。

私は外的に、ひとつのやり方を進めたりはしません。自分にふさわしい方法は、自分で見つけなければなりません。
誰かと共に住むには、とても高いレベルのconsciousness(気づき、気づいていること)必要です
一人以上の人と共に暮らすためには、もっとハイレベルのコンシャスネスが必要でしょうね。
あなたは、実験してみることもできます。
もちろん、相手の同意を得なければなりませんが。

ご存じのように、私が関心を持つのは、あなたの内的な状態、「在る」状態かどうか。それだけです。presentであるとき、私たちは正しい行動をします。
そうすればそこにはdeception(だますこと、あざむくこと)は起こりません。
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by suna-tuki-mori | 2012-08-15 09:18 | ETTV
スピリチュアルな教えで重要なことは言葉ではなく、そこから言葉が生み出されるところ、言葉のなか、まわり、そして底流にあるエネルギー野です。
あなたが彼または彼女に聞き入るとき、あなたを活性化するものです。

そしてあなたは、あなたの中の何かが、前面にあらわれ、それを認識し、応えるのに気付きます。
マインドが出てきて、その教師を特別な存在にしないように注意しましょう。
自分自身のなかの、生命の高まり、静けさの深まりに注意を注ぎましょう。それが起こっていれば、うまくいっているということがわかります。
つまり、話されている内容は重要ではないのです。
では、今ここで練習してみましょうか。

意識、無条件の意識は、他者のなかに自分自身を認識します。他者、いわゆる教師の中に。
けれども、究極的には、他者などというものは存在しないのです。それはただ、存在するかのごとく見えるだけです。

それは、目覚めゆく意識のプロセスなのです。
(終わり)
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by suna-tuki-mori | 2011-12-10 23:04 | ETTV
いったん話すときにpresenceにとどまる能力を発見すると、あなたの言葉の質が変わります。
もう、エゴの条件付けによって話すことはなくなります。。
それからまた、誰か、すでにpresenceの状態で話をすることのできる人に耳を傾けることもよい練習になります。
そうした人の話を聞いているとき、あなたはその人に同調しています。
話されている言葉だけでなく、その下に横たわるstillness、静寂、不動さに同調します。
それはすでにお話しした、重要なちいさな「すきま、gaps」にだけでなく、言葉の流れの底流にも存在します。

スピリチュアルティーチャーと呼ばれる人たちの話を聞くときには、あなたは言葉のフローだけでなく、言葉の合間合間に、そしてその奥底にあるエネルギー野とひとつになります。

(presenceの状態にある人)は、思考の流れに引きずりまわされながらしゃべる人とはまったく違う話し方をします。あなたは、平安を感じます。
平和は、ひとつの指標になります。
そういう人の話す言葉には、平和があります。言葉の奥底に、静けさ、平安があります。
彼らに耳を傾けると、とても安らかな気持ちになります。
それは、語られる言葉自体を超えて、あなた自身が感じ取れるものです。

スピリチュアルティーチャーの役目は、弟子や、聴衆、相手が同調したときに、その側面が育つようにすることです。実際は、話す内容はそれほど関係がありません。
たとえば私がここで新聞記事を読み上げたとしても、同じことでしょう。
まあ、それはちょっと誇張かもしれませんけど、ね。
(つづく)
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by suna-tuki-mori | 2011-12-09 21:54 | ETTV
話すときに「在る」状態にとどまるコツがあります。
それはcessation(停止、休止、中断)を取り入れることです。
人とのコミュニケーションにおいてgap(すきま、切れ目)を持ち込みましょう。
ほかの人が気づくほどの長いものである必要はありません。
絶え間ない思考の流れに引きずられないよう、何か言ったら、少し間をとりましょう。

パワフルな講演者は、それが直観的なものか、それとも習得されたものかは人によりますが、多くの場合この小さなギャップを取り入れています。
オバマ大統領は確実にそれを心得ています。だから彼の演説はパワフルです。

だから、そうした小さな「間」に注意を払いましょう。すべてが実践練習です。
それによってあなたの言葉の質が劇的に変わります。条件づけによって話すことはなくなります。

それから「在る」状態にある人の話を聞くこともよいでしょう。
あなたがその人に同調(語られている言葉だけでなく、その下に流れる静寂に)すると、あなたはその人のエネルギー野に溶け込んでいきます。それはその人の言葉の根底にあり、言葉と言葉の間にあります。
それは彼または彼女が語る内容を超えて重要です。

(つづく)
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by suna-tuki-mori | 2011-11-16 21:31 | ETTV
静かにすわっている時や、比較的恵まれた環境にいる時に「在る」にいられる人はだんだん増えてきています。
けれども、マインドが関わってくるような状態で「在る」にとどまれる人は、増えてはいますがまだ多くはありません。それはartですね。
答えはイエスです。
そう、できますよ。たとえ人と会話をしているとき、考えているときでも、「在る」にとどまることはできます。

どうすればよいのでしょうか。
口で言うのはなかなかむずかしいです。
まず話し出す前、聞いている状態のときにすでにpresentでいましょう。そうすることによって、あなたが話す番になったときでも「在る」を保ち続けることができます。

またはインナーボディを感じましょう。
話しているあいだ、全部の神経を言葉に集中するのではなく、常にインナーボディを意識しましょう。そうすることによって、思考のプロセスにすっかりのみこまれてしまうことを防げます。

もっとチャレンジングな状況、ディスカッションや言い合いの場ではどうでしょう。
いつでも難しい人物(≒unconsciousな人物)に出会ったら、その人を自分のスピリチュアル・ティーチャーだと思うようにしましょう。
その人によってあなたは「在る」にとどまることを学ぶのです。
(つづく)
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by suna-tuki-mori | 2011-11-14 23:25 | ETTV
会場でのやり取りです。
一人の参加者、年配の男性が、自分が時々見る超常現象について話をしました。
霊のような存在が見えて、何かを話しかけてくる。話の内容はわからない。彼らが誰だかわかりますか? というような質問です。

エックハルトは笑います。
ええ、私は彼らが誰だか知っていますよ。彼らは、あなたと同じように、ただひとつの存在である意識の、あるレベルでの現れです。
この世のレベルではあなたがそうであるようにね。
サイキックなレベルでの現れともいえるでしょう。
現れにはさまざまなレベルがありますからね。
ただ、そうした現象にあまりとらわれすぎないようにしましょう。
私たちがここで学んでいるのは、そうした中間のレベルを通らずに、ダイレクトに自分自身の本質であるconsciousnessで在るということですからね。

あなた(の本質)は、あなたが(perceive)知覚している対象よりも、高次の存在です。
あなたたちは意識の光です。
対象は、あなたという光の中にあらわれてくるに過ぎないのです。
「あなたがたは世の光である」と2000年くらい前に言ったのは誰でしたっけね(笑)。(訳者注・マタイによる福音書5章14節~)
イエスは弟子たち個人のことではなく、彼らの本質について語っていたのです。

その存在たちは優しいですか? 善意があるように見えますか? 
ときには悪意のある存在もいます。
エゴは人間だけが持っているわけではありませんからね。
強いエゴをもっている存在たちもいます。
もしよいものたちのようなら、ショーを楽しめばいいのです。

この世界でもたくさんのショーを楽しむことができますよ。
街へでれば、あらゆる種類の多様な命の現れを楽しむことができます。
自然の見せてくれるショー、人々の日々の営み。
楽しみましょう。
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by suna-tuki-mori | 2011-11-07 22:54 | ETTV
質問はこうです。
「セックスとはなんですか。もし、世界が見かけ上分離しているにも関わらず一つであるとするならば、私たちは誰と愛し合っているのでしょう」
エックハルトの答えです。
「あなた自身ですよ」
このあらわれの世界では、すべてのものが分離しているように見えます。
人間の体もです。そこで、お互いにひかれあうということが起こります。
ふたたび一つに戻りたいという願いです。
性的な衝動の背景には、その願いがあるのかもしれませんね。
ワンネスの状態にあこがれ、そこに引き戻されるのです。
二つの体が結びつく。でもそれはほんの短い時間です。
ひとつになり、また離れる。もしかしたらそこでもう一つの命が生まれるかもしれません。
さらなる「かたち」の誕生ですね。
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by suna-tuki-mori | 2011-09-30 13:00 | ETTV