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Intimacy with yourself   アジャシャンティ的な何か。

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~Radio Adyashanti と オンラインコースの感想を中心に~

2016年 03月 10日 ( 1 )

今日、The Art of Meditation の4回目を聞いていて、「あっ」と思ったことがありました。

以前、リトリートの日課という記事を書いたのですが、そこに、Silent Sitting を勝手に「瞑想」と訳して書いたのです。

しかし、アジャさんがそこにMeditationという語を使ってないのには意味があったのです。

瞑想を続けていくに従い、次第に瞑想しているときと、普段の日常との間に差がなくなっていく。

やがて、「ただ静かに座っている」状態が、瞑想しているのと同じになる。

そういうことだったんですね。

またアジャさんはよく、アジャさんが瞑想しているというと、『まだ瞑想しているんですか? あなたほどクリアになれば、もう必要ないのでは?』と言われるそうです。

でも、アジャさんは瞑想を必要だとか必要でないとか「ゴールをめざすための手段」とは考えていないといいます。

「静寂はやがてあなたの一部となり、日常すべてが瞑想のときのような意識状態になっていきます。

それでもなお私たちはときどき、特別に静かな時間を自分のために(特にスピリチュアルなイベントという文脈で捉えることもなくとも)割くことを好む性質を持っているようです。

その理由はただそれが(非常に静かであることが)私たちの本質であること、そしてわれわれが静寂によって滋養を得る存在であるからでしょう」



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by suna-tuki-mori | 2016-03-10 00:32 | アジャシャンティ