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Intimacy with yourself   アジャシャンティ的な何か。

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~Radio Adyashanti と オンラインコースの感想を中心に~

2010年 10月 04日 ( 1 )

3年ぶりくらいに整形外科に行きました。
コンビニで買い物をして、おつりをお財布に入れながら外へ出たとたん、段差に気づかず「コケっ」とみごとに足を捻ってしまいました。恥
5日たっても痛みが引かないので、一応骨に異常がないか確かめに近所の整形外科のクリニックへ。
近所に整形がそこしかないので、込んでます。
それに加えて近隣の介護施設と提携してるのか、ヘルパーさんらしき人に連れられたお年よりが続々と。
私の番が来ました。痛いほうの足を台に乗せて待つのですが案の定、先生はちらと目をやっただけ。思い出した、この先生、まず触診しないんだよな~。まあレントゲン撮ってみましょう、と。待合でまつことしばし。レントゲン室に呼ばれ、撮影。また待つことしばし。その結果「骨には異常がないので、1・2週間大事にして様子を見てまだ痛いようなら来てください」
そうよね。うん、ま、そういわれるだろうと思ってたワ。「ありがとうございました」という私。なんだ? なんだろうこの感覚。このいやな感じ。あーそうだ。芝居のせりふを言ってる役者の感じだわ。次に相手が何をいうか、自分が何を言うべきか、もうわかってる。

そして、このテキトーな会話を一日中繰り返すだけで(たぶん)膨大な保険点数を稼いでるこのお医者さんにイラっときてるにもかかわらず、条件反射でありがたそうにお辞儀してしまう自分。完璧に「患者」してる自分。そう、ここでの会話には魂がないんです。

まあお医者さんでの会話に魂がどーのなんぞというのはおかど違いといってしまえばそれまでなんですけどね~

あるヒーラーさんの言葉が心に残ってます。
愛だけが本当のコミュニケーション。
そう考えると、一日に何度、本当の「会話」をしてるかな。
相手がスーパーのレジの人でも家族でも、お客さんでもなく母親でもないBeingとしてそこにいるだろうか。私はちゃんと、そこにいるだろうか。
習慣的なやりとりでもなく、相手からどう思われるかでもないところから、コミュニケートしてるだろうか。
そんなことを考えさせられたある日の午後でした。
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by suna-tuki-mori | 2010-10-04 00:47 | 日々のつれづれ